6月の日記

長い長い冬が明けて、春が来て、気が付いたら梅雨も明けようとしている。

このところメンタルがずっと安定していなかったが、そろそろ元気になってきたので備忘録を兼ねて、半年分の総括でもしようと思っている。

 

冬はくそ。

カスの枕草子みたいな書き出しになったが、本当にくそだ。

日本の冬長すぎ。ほかの国の冬知らんけど。

10月くらいから冬の気配がし始めて、11月はもう冬と呼べる季節になる。

11月~3月までずっと冬だ、5か月間冬。四季は別に等分ではないらしい。

 

冬はずっと眠かった。

夜22時には寝て、8時なっても起きられない日も多々あった。

在宅ワークに感謝、出勤マストの会社だったら多分クビだった。

それだけ寝ても、昼も眠い。寒いと全く動きたくなくなる、ずっとだるくて眠たかった。

 

冬の間、3回ほど波が来た。

何にもしたくない波と、その反動のなんでもかかってこいの波、さらに反動の自分の攻撃性を反省する波。自分の中身に振り回されて、衝動に飲まれて、4月になるころにはへとへとだった。

一個目の何もしたくない波、これは12月くらいにきた。

仕事が若干忙しくなって、家事が疎かになっていき、最終的には手も付けたくなくなっていた。何もできずにネットサーフィンだけしていた。

ある時、「できない」を繰り返す自分が情けなくて嫌になってしまい、「あぁ?全部できるよ、やってやるよオラァ」という気持ちになった。これが二個目の波。

本当はできないしやりたくないんだけど、「できるかできないかじゃなくて、やるか後でやるかだろ(怒)」と自分に問い続け、ギンギンの目で家事をやりまくっていた。ギンギンしていたら強気な自分が表に出てきてしまい、物の扱いとか同居人への態度が攻撃的になってしまった。さらに、自分はなんでもできる、できない事もやろうと努力していたらできるようになる、と思い込んでいたせいで、他人が努力していないように見えるととても気になってしまったり、他人の甘い態度が気になったりしてきた。

「世の中で起こってる不正が許せない」「不平等が許せない」「「仕方ない」ことなんてない」「私は正しい」こういう考え方がどんどん加速し、自分の解決できない範囲の問題を勝手に抱えるようになった。例えば社会問題。

社会問題なんて起こるべくして起こっていて、私個人の力では解決できない。(だからと言って解決しようともせず、冷笑のスタンスをとるのは賢くないな、と思っているんだけど…)それでも私は何かできることはないか考え続け、どんどんメンタルの不調にはまっていった。こんなに自分が苦しんでいるのに、政治に無関心なやつら、利己的なやつらのせいで、私の住んでいる国が終わりに近づいていっているのが許せなかった。

どんなに強い気持ちで「許せねぇ…」と思っていても、私の実力がないことには変わりない。結局「許せねぇ」と思いながらいつも怒っているだけの、何もできない人間が出来上がった。

そんな目も当てられない状態を見かねたのか、同居人から理想を追い続けることによって、現実の自分が苦しんでるんじゃあ世話ねえぜ(意訳)と助言をいただき、

今度はきらきらした目で「許せない、なんて思うなど傲慢だわ。私は他人を許すようなえらい立場にいないのに」と思うようになった。そして今までの自分が、どれだけ上から目線で世の中を見ていたのか、反省し始めた。これが第三の波だ。

我ながらいかれている。短期間でスタンス変わりすぎ。

でももう疲れてしまっていた。利己的で無関心な善人が住んでいる国に、お似合いな政府が選挙でえらばれ続けている。私はそこから脱出できるほどの、脳も金も気力もない、日本にお似合いな人間であると考えることで、無気力になれた。

無気力になれば、怒りからは脱却できた。

 

太平洋戦争を反省しない教育、幻想によって愛国心を育てる教育、差別をなかったことにする環境、理不尽を歓迎する体質、こういったものに囲まれて育った大人が回している社会なんだから、こういう現実が来るのは至極当然であった。

そして私が何もできないのも当然だった。

私は、自分の手の届く範囲の環境で、自分が幸せになる努力をすることしかできない、なぜなら私は脳も金も気力も、社会的地位も影響力も人脈も、なーんにもない人間だから。どんなに強く「許せねぇ」と思っていたって、外から見たら、私が「許せない」と思っていた利己的で無関心な善人たちと、私は何も変わらない、だって何もやってないし何も持ってないから。

卑屈になっているようにも思えるけど、私は現実の自分を見ることで

日本で、私の手の届く範囲で幸せになる努力をしながら死んでいくことに、腹をくくって取り組めるようになった。何も持ってないんだから、幸せになる努力ぐらいしないと。考え方が変わって、救われたことには救われたと思うが、私の心の中にはずっとあきらめて開き直った自分が居ることになってしまった。

そんな自分なんていないと。幸せになる努力をすることが、できることなんだ、正しいんだと強く言い聞かせ、目をそらしている。つもりでいた。

 

気付いたら安定剤と睡眠薬を飲む毎日を過ごしている。

薬を飲むことになった理由は、後述する。

 

冬に自分の中の波に飲み込まれまくった私にも、春が来ていた。

春の陽気は悪魔のようだと思った。

あったかくなって、人間を誘惑してくる。そのくせたまに寒くなったり、気圧がガタガタで元気にはさせてくれなかった。

 

「春だよ」「空も明るいよ」「花も咲いて虫も元気になってきたよ」

「お前も元気出たでしょ?何かしなよ」

 

でも、別に春になったから何かできるようになるわけじゃないんだ。

何かしなきゃいけないような、そんな気持ちにさせられるだけで、安定しない気圧と天気に振り回されて、結局私は茫然自失していた。

私が気力を失ったり、物事をあきらめたり、怒ったり泣いたりしていたのって、別に冬のせいじゃないじゃん。私のせいじゃん、と春の悪魔に微笑まれて気が付く。

何もない自分と、安定しない自分と、やる気を出したら攻撃性に変換されてしまう自分と…私はもう自分の中身をお世話しきれなくなっていた。自分のことなのに、コントロールできないばかりか、目を逸らそうと決めたはずの無力な自分を自分が責める。苦しかった。

もう自分じゃどうにもできん、ここから動けるようになるヒントが欲しいと思い、心療内科に行くことにした。

 

心療内科に行ったら、躁鬱傾向があると先生に言われた。

本当かよ、もしかしてこの先ずっと自分に振り回されるのか、薬飲まないと自身のコントロールもできない人間なのか、なんでこんな不便な性質持ってるんだ…診断がおりたって納得できない事ばかりだった。

 

でも、薬は嫌味なくらい私を納得させにきている。

飲んでいると、衝動的に怒ることがなくなった。意味もなく悲しい気持ちになることもぐっと減った。夜気絶するように眠れる。不健全な健康が手に入った。

 

心療内科の先生には薬を飲むことに抵抗がある、と言ってはいるけど、飲み続ければ安定してきて、飲むのをやめられるといわれた。文系の私にはその仕組みがさっぱりわからないけど、ほかに打つ手も思いつかないしとりあえず飲み続けている。

他の薬や民間療法に手を出す気はさらさらないし、まあとりあえず社会生活がある程度送れているし、飲みたくない薬で元気になっているのは事実だし…納得いかないことは少々目をそらすしかないかもな、という気持ちになった。そしてこの考え方は薬の服用についてだけでなく、無力な自分に対しても、目を逸らしてやることをやるしかない、というように転じて考えられるようにもなった。

 

薬を飲んだことで元気になったし、納得のいかない事たちから目を逸らすマインドを手に入れることができた。問題から目をそらしていれば、新たなことに取り組めるようになる。気力を取り戻したついでにNISAを初めて見ようかと思ったが、申し込み手続きから審査があって、そのあと本手続きらしい。審査後、手続きができるほど、自分自身が元気でいられることを願う。

 

落ち込んだり、怒ってみたり、薬飲んで生活してみたり、

色んなものに振り回されて気が付いたのは、この社会は心身ともに元気な人向けなんだってことだ。(何故かは書きたくないので書かないんだけど)

ただ、私は根性の腐った負けず嫌いなので、生き延びてやるぜ!という気持ちで薬を飲んでいる。手持ちのカードが少ないのか、背負っている荷物が多いのか、そこは分からないけど、自分の問題から目を逸らすことができている間に、やりたいこと・やらなきゃいけない事を済ませて自分自身の実績を積んでおこうと思う。

 

これを読み返している私、並びに同志の皆さん、

無理しない範囲で生きていきましょう。